2009年1月27日火曜日

我最喜欢的经文(私が最も好きな聖句)

“常常喜乐,不住地祷告,凡事谢恩,因为这是神在基督耶稣里向你们所定的旨意。”             帖撒罗尼迦前书5:16-18
  
这是我最喜欢的圣经经文之一。在我的人生一段非常艰难的时候,神对我说这句话,于是我就按照这句话来操练。我就我发现,尽管环境没有立刻改变,但是我的心首先有了来自神的平安和喜乐,使得我能坦然面对环境。

常常喜乐,一个基督徒,我的经历是失去喜乐的时候,就会变得很软弱。圣经也说“靠主喜乐是我们的力量。”基督徒的喜乐的源头在于昨天、今天、直到永远都不改变的神。这种喜乐是超越环境的,不会因为环境的改变而改变。

不住地祷告,即24小时不停地祷告。本来有罪的人是不能亲近神,但是因着耶稣基督为我们订死在十字架上,恢复了人和神之间的关系,让人24小时随时都可以进到神的面前去祷告,祷告常常被称为是基督徒的属灵的呼吸,人不呼吸生命就会窒息,当我们祷告的时候,神就让我们里面的生命更加刚强,并且赐给我们面对环境的力量。

凡事谢恩。可以说一个没有感恩的心的人是不会快乐的,生命也不会丰盛的。人的本性是当人生很顺利的时候很容易感恩,但是当人生不顺利的时候,就容易变得怨天尤人,如果是这样就很容易失去人生中本来可以得到的丰盛。其实人生很多的东西都是在逆境中获得的。圣经里说:“凡事都互相效力,叫属神的人得益处。”(罗马书8:28)

神的本质是爱,他希望我们能够蒙福。但蒙福的秘诀就是要按照神的旨意去行事。 既然在这句经文里神很清楚地将他的旨意告诉了我们,所以当我们按照神的话语去行动的时候,你就会经历神的莫大的恩典和祝福,愿神祝福你! 、

「いつも喜んでいなさい。絶えずに祈りなさい。すべての事について感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに望んでおられることです。」   Ⅰテサロニケ5:17

 これは私が最も好きな聖句です。私の人生のとても困難な時、神様からこの御言葉を直接語られました。それで、私はこの聖句通りに実践し始めました。環境はすぐ変わったのではないですが、心の中に神様から喜びと平安が与えられて、環境の不安から解放されました。

「いつも喜んでいなさい。」クリスチャンにとって、喜びを失ってしまったら、弱くなってしまいます。聖書も「主を喜ぶことは私たちの力だ」と言っています。クリスチャンの喜びの源は昨日も、今日も、いつまでも同じである神様によるのです。この喜びは環境を超越して、環境の変わりによって変わるものではありません。

「絶えず祈りなさい。」、すなわち24時間祈ることができることです。そもそも罪を持っている人間は神に近づくことができなかったのですが、イエス・キリストが人間の罪のために十字架の上で死んでくださったお陰で、人間の罪が赦され、神に近づくことができるようになり、24時間神様に祈ることができるようになりました。祈りはよくクリスチャンの霊的な呼吸だと言われています。呼吸しないと窒息してしまいますが、祈ると、内側の力が強められ、環境に打ち勝つ力が与えられます。

「すべてのことについて感謝しなさい。」心の中に、感謝がない人は決して豊かに過ごすことができません。だが、人間の本性としては、順調の時、うまく行っている時は、感謝しやすいですが、逆境の中、挫折の時は、落ち込んで、呟きやすいです。こうすると、豊かな人生から遠ざけてしまいます。というのは、人生の多くのものは逆境の中、挫折の中で学ぶからです。聖書の中で「神はすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ書8:28)と言っています。

神様の本質は愛です。私たちが祝福されることを願っています。だが、祝福される秘訣は神様が望んでいることを行うことです。神様はこの聖句を通して、はっきり私たち神様が望んでいることを教えてくださっているので、これを生活の中で実践していけば、きっと神様の豊さな恵みを体験できるのです。神様に豊かに祝福されることを心よりお祈りします。

2009年1月25日日曜日

大年三十(=大晦日)

今天是中国的年三十。这天,非常热闹,家家户户都贴红对联,晚上家人团圆一起吃年饭,然后家人一同观看春节联欢晚会,当时钟指向12点的时候,到处都会响起爆竹声,之后人们才进入到甜蜜的梦乡里。

有关中国在大年三十贴红对联和放爆竹的风俗,有这么一种传说。据说古时候有种凶恶的怪兽叫“年”,它每到三十晚上,就会出来害人,给当时的人们造成很大的威胁。后来,人们发现,“年”怕三种东西,就是红颜色、火光、响声。于是在冬天人们在自家门上挂上红颜色的桃木板,门口烧火堆,夜里通宵不睡,敲敲打打。这天夜里,"年"闯进村庄,见到家家有红色和火光,听见震天的响声,吓得跑回深山,再也不敢出来。夜过去了,人们互相祝贺道喜,大家张灯结彩,饮酒摆宴,庆祝胜利。

于是以后的年三十晚上,家家户户贴红春联,燃放爆竹,来驱除夕兽.以求新的一年安宁。这种习俗从此流传至今。

今日は中国の大晦日で、とても賑やかな日です。各家の入口の両側に、赤い「対聯」(祝言の対句を書いた紙)を貼り、夜は家族団らんして、ごちそうを食べ、そして、家族をそろって、「春節聯歓晩会」(日本の紅白歌合戦に当たる)を楽しみます。時計が12時にさした時点で、至るところ爆竹を鳴らす音が聞こえます。これを終えてから、人々はぐっすり夢の中に入ります。

中国で大晦日の日に赤い「対聯」と爆竹を鳴らす風習について、一つ伝説があります。話によると、大昔、「年」というきわめて凶暴な怪獣がいました。この怪獣は大晦日の日になると、人を脅かしに出てくるのです。当時の人々はとても悩ませました。後に、人々は「年」という怪獣が「赤い色と火の灯りと爆音」を怖がっているのを発見しました。それで、人々は家の入口に、赤い板を掛け、たき火を燃やして、夜通し、音を立てていました。すると、「年」はこれを見て、怖がって、深い山に逃げ、隠して、二度と出て来なくなりました。そして、夜明けてから、人々は互いに祝うことばを述べ、、宴会を開き、勝利を祝ったといわれています。

それで、後の大晦日に、各家は赤い「対聯」を貼り、爆竹を鳴らすことで、「年」を退治し、新しい一年の平安を祈るのです。この風習はずっと今日まで残っています。

2009年1月24日土曜日

博客的第一篇文章(ブログの初めての文章)

自己博客的第一篇文章,不由自主地花了比较长的篇幅写了有关福音的信息。因为我第一次遇到耶稣基督的时候,我口里涌出来的歌是:“一天过了一天,一年过了一年,他们在追寻什么?”我心里很清楚地知道:人们都不断地在追寻,追寻一个可以让自己心灵得到安息的地方,同时也可以让自己得到满足的地方。直到我听到福音,接受耶稣,生命与耶稣相连以后,才知道这正是人们在追求的东西,因为人的生命的源头在于上帝。衷心祝福你也能早日与这位永远爱你的主相遇。
自分のブログの最初の文章は思わず、時間をかけて、福音のメッセージを書きました。というのは、私は初めてイエス・キリストに出会った時、私の口から出てきた歌は「一日一日過ぎ去り、一年一年過ぎ去り、彼らは何を求めていますか?」でした。人間は皆自分の心が安らぎを得、また満たされるものを探し求めています。私が福音を聞いて、そして、イエス・キリストを受け入れ、自分の命がイエス・キリストとつながった時、初めて満たされました。というのは、人間のいのちの源は神様のところにあるからです。あなたも一日も早くこの永遠にあなたを愛してくださる主に出会うことを心より願います。

2009年1月23日金曜日

福音是什么? (福音とは何か?)

“我不以福音为耻;这福音本是神的大能,要救一切相信的。” -罗马书1:16
「私は福音を恥をは思いません。福音は・・・信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」 ローマ書1:16

 福音就是好消息的意思,它的威力远远大过原子弹,是神的大能。凡是听到福音而又接受福音的人,生命都会有一个质的变化。
 福音とは良い知らせの意味です。その威力は原子爆弾よりも大きく、神様の力です。福音を聞いてまた受け入れる人は、必ず命の質的な変化を体験します。

 什么是福音呢? 圣经里说,“神的儿子,耶稣基督福音的起头。”(马可福音1:1)耶稣基督-这位神的儿子是福音的主人公。耶稣基督的福音具体包括以下几个方面。
 それでは、福音とは何ですか?聖書の中に「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」(マルコ福音書1:1)。イエス・キリストーこの神の子は福音の主人公です。イエス・キリストの福音は具体的に以下の内容を含まれています。

(1)耶稣基督降世为人。
  耶稣基督降世为人的目的是将神启示给我们看。人的潜意识里都承认神的存在,但是这位神是一位什么样的神呢?圣经里说:“从来没有人看见神,唯有父怀里的独生子将他表明出来。”(约翰福音1:18)所以人要看神,你要去看透过耶稣基督去认识神。
(1)イエス・キリストは人間の姿になってこの世に来られました。
 イエス・キリストは人間の姿になって、この世に来られた目的は神様を示してくださるためです。人間の無意識の中に神様の存在を認めています。しかし、この神はどのようなお方ですか?聖書の中で、「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を解き明かされたのである。」(ヨハネ福音書1:18)このように、人間はイエス・キリストを通して、神を見るのです。

(2)耶稣基督被钉十字架和三天后复活
 神具体的特性是透过十字架来向人启示。即神的公义圣洁和慈爱怜悯。十字架是人犯罪受刑罚的一个标志,神的公义要审判罪;但是耶稣基督死后三天后神又让他复活了。这是表明神在向我们宣告耶稣基督不是为自己的罪而死,而是神为全人类预备的一个救恩,表明神的慈爱和怜悯。
(2)イエス・キリストが十字架につけられて、また三日後に復活しました。
 神様の性質は具体的にこの十字架を通して、人類に示しています。すなわち、神の正義と聖さ及び神の慈しみと憐みです。十字架は罪の刑罰のしるしです、神様は正義のお方なので、必ず罪を罰します。だが、神様はイエス・キリストを三日後よみがえらせました。ここで、神様は人類に呼びかけています。イエス・キリストは自分の罪のために死んだのではなく、全人類のために救いを完成してくださった。じこれは神が人類に対する愛と慈しみの示しです。

(3)耶稣基督的升天与再来
耶稣基督复活后又升上了高天,有一天他还要再来,最终要来审判这个世界。世界由神创造,也由神来结束。
(3)イエス・キリストの昇天と再臨
イエスキリスト復活後、天に昇られました。イエス・キリストはまた再びこの世を裁きにきます。この世は神によって造られ、また神様にによって終わらせます。

在耶稣再来之前,现在可以说是一个恩典的时代,即神不断地给人悔改的机会,要人去接受福音,罪得赦免,逃脱将来的审判。圣经里说:“你若口里认耶稣为主,心里信神叫他从死里复活,就必得救。因为人心里相信,就可以称义;口里承认,就可以得救。”(罗马书10:9-10)
イエスキリストが再臨するまでは、恵みの時代ととも言えます。すなわち、神様は絶えず、人間に悔い改めの機会を与え、福音を受け入れ、救われ、将来の裁きから逃れることを願っています。聖書の中で、「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中から蘇らせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ書10:10)

如果你愿意接受耶稣到你生命里,你可以按照如下祷告:“亲爱的主耶稣,感谢你为我的罪死在十字架上,我承认我是个罪人,我现在打开心门,接受你做我个人的救主和生命的主。感谢你说:心里相信的,就可以称义;口里承认,就可以得救。感谢你赦免我一切的罪,赐给我永远的生命。求你引导我今后的人生,保守我在你的旨意里。祷告奉主耶稣基督的名求!阿门!”
もし、あなたはイエスキリストを受け入れたけばれ、このように祈ることができます。「愛する主イエス様:私の罪のために十字架の上に死んでくださって感謝します。私は罪人です。今、私は心を開き、あなたを私の個人の救い主と救い主として受け入れます。どうぞ、私の心の中にお入りください。私のこれからの人生を導いてくださいますように!イエスキリストの御名によって祈ります。アーメン!」

耶稣基督昨天今日一直到永远,是一样的!主耶稣爱你!
「イエス・キリストはきのうもきょうも、いつまでも、同じです。」イエス・キリストはあなたを愛しています。

Test

第一次开始尝试开设自己的博客。请多多关照!
始めて自分のブログを開設しようと考えました。どうそ、よろしくお願いします!